ヴィリュヌーヴ(提督)とは?
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ピエール=シャルル・ヴィリュヌーヴはトラファルガーの海戦でネルソン提督率いるイギリス艦隊に敗れたフランス・スペイン連合艦隊の司令長官です。
ピエール=シャルル=ジャン=バプティスト=シルヴェストル・ド・ヴィリュヌーヴ(Pierre-Charles-Jean-Baptiste-Silvestre de Villeneuve、1763〜1806年)は、フランス共和国・帝国の海軍提督です。ナポレオン戦争中の1805年10月21日に起きたトラファルガーの海戦で、ホレーショ・ネルソン提督のイギリス艦隊と対決した人物として知られています。
ヴィリュヌーヴはプロヴァンスの貴族家に生まれ、フランス革命を経て海軍内で昇進しました。1798年のナイルの海戦(アブキールの戦い)でもフランス艦隊の一部を指揮しており、この時もネルソンに敗れた戦闘を生き残った数少ない艦長でした。
1805年、ナポレオンはイギリス上陸作戦の支援のためにヴィリュヌーヴに艦隊指揮を命じます。しかし大西洋での迂回作戦が奏功せず、カディスに籠もるヴィリュヌーヴに対してナポレオンは出撃を命令しました。
トラファルガーの海戦の経緯は以下の通りです。
- 仏西連合艦隊33隻対イギリス艦隊27隻で戦闘開始
- ネルソンの「縦隊突破」戦術により艦隊の連携が崩れる
- ネルソン戦死ながらイギリスが圧勝、フランス・スペイン側は約20隻を失う
ヴィリュヌーヴは捕虜となり、後に釈放されましたが1806年に変死(自殺または暗殺)を遂げました。彼の敗北はナポレオンの海洋支配の夢を終わらせ、以後フランスが海軍力でイギリスに対抗できなくなる転換点となりました。
使い方・例文
「ヴィリュヌーヴはトラファルガーでネルソンに敗れ、フランスの制海権獲得は永久に不可能となった」のように、ナポレオン戦争や近代海軍史を語る際に登場します。
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