ラクシュミー・バーイーとは?
らくしゅみーばーい
ラクシュミー・バーイーとは、19世紀インドのジャーンスィー藩王国の女王で、イギリス植民地支配に抵抗したインド独立運動の象徴的英雄です。
ラクシュミー・バーイー(1828頃〜1858年)は、北インドのジャーンスィー藩王国の王妃であり、インド大反乱(1857〜1858年)において最も著名な指導者の一人です。
幼少期から馬術・剣術・弓術を習得したとされ、王が没した後も藩王国の併合を図るイギリス東インド会社に対して果敢に抵抗しました。1857年のインド大反乱が勃発すると、彼女は自ら軍を率いてジャーンスィー城を防衛し、インド兵や民衆を指揮しました。
その後グワーリヤルへ転戦し、1858年に戦闘中に亡くなったとされます。彼女の勇敢な最期は伝説となり、インド独立運動の精神的な支柱として語り継がれました。
現代インドでは、
- 勇気と自己犠牲の象徴
- 女性の力と指導力の模範
- 植民地支配への抵抗の顔
として、切手・映画・文学など多くの媒体で取り上げられており、「ジャーンスィーの女王」として広く知られています。
使い方・例文
インドの歴史教育では必ず登場する人物で、「ジャーンスィーの女王ラクシュミー・バーイーのように勇敢に戦う」という表現が今でも使われます。
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