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ヨーゼフ・マリア・オルブリッヒとは?

よーぜふまりあおるぶりっひ

ヨーゼフ・マリア・オルブリッヒとは、19世紀末から20世紀初頭に活躍したオーストリアの建築家で、ウィーン分離派(ゼツェッシオン)の中心的メンバーとして知られる人物です。

ヨーゼフ・マリア・オルブリッヒ(Joseph Maria Olbrich、1867〜1908年)は、オーストリア出身の建築家デザイナーで、19世紀末のヨーロッパを席巻したアール・ヌーヴォーおよびユーゲントシュティールの潮流において重要な役割を果たしました。

ウィーン工芸美術学校やウィーン美術アカデミーで建築を学んだ後、オットー・ワーグナーの事務所に入り、近代建築の理念を身につけました。1897年、グスタフ・クリムトらとともにウィーン分離派(Wiener Sezession)を結成し、伝統的なアカデミズムから離れた新しい芸術表現を目指しました。

オルブリッヒの代表作として最も有名なのが、ウィーンに建設されたゼツェッシオン館(1898年)です。黄金のドームと白い壁面を特徴とするこの建物は、「金の葉を冠した白い神殿」とも称され、分離派の理念を建築として体現したものとして今日も保存・公開されています。

その後、ドイツのダルムシュタットに招かれ、芸術家村マティルデンヘーエの整備に携わり、複数の建物を設計しました。わずか40歳という若さで亡くなりましたが、世紀末ヨーロッパの装飾芸術と近代建築の橋渡しをした人物として高く評価されています。

使い方・例文

建築史・デザイン史でウィーン分離派やユーゲントシュティールを学ぶ際、クリムトやワーグナーとともに必ず登場する人物です。

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最終更新:

同じ読みのことば

「よーぜふまりあおるぶりっひ」と同じ読みで、意味のちがうことばです。

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