モハマド・モサッデクとは?
もはまどもさっでく
モハマド・モサッデクとは、20世紀中頃のイランの首相で、石油国有化を断行したことで知られ、その後のクーデターで失脚した民族主義政治家です。
モハマド・モサッデク(1882〜1967年)は、イランの政治家・法学者であり、20世紀のイラン民族主義運動を代表する人物です。テヘラン出身で、フランスとスイスで法律を学んだ後、イランの政界で活躍しました。
最も重要な業績は、1951年の石油国有化です。当時イランの石油産業はイギリス系の「アングロ=イラニアン石油会社」(現BP)が実質的に支配しており、収益の大部分がイギリスに流出していました。首相就任後、モサッデクは議会の支持を背景に石油産業の国有化法を成立させ、これはイラン国民から熱烈な支持を受けました。
しかし石油国有化はイギリスの猛烈な反発を招き、国際的な石油ボイコットやイランの外貨収入の激減をもたらしました。1953年、アメリカのCIAとイギリスのMI6が主導したクーデター(「アジャックス作戦」)によりモサッデクは失脚・逮捕され、その後長年にわたって自宅軟禁状態に置かれ、1967年に亡くなりました。
モサッデクの失脚は冷戦期における米英のイラン介入の象徴として記憶されており、現代のイラン・米英関係の複雑な背景を理解する上でも欠かせない歴史的事件です。
使い方・例文
中東の石油政治史や冷戦期の米英介入を学ぶ際に、石油国有化とその帰結の文脈でモサッデクの名が登場します。
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