メンギスツ・ハイレ・マリアムとは?
めんぎすつはいれまりあむ
メンギスツ・ハイレ・マリアムは、1970〜80年代にエチオピアを独裁的に支配した軍人政治家で、大規模な人権侵害で知られています。
メンギスツ・ハイレ・マリアム(Mengistu Haile Mariam)は、1937年ごろにエチオピアで生まれた軍人・政治家です。エチオピア陸軍で将校として経歴を積んだ後、1974年にハイレ・セラシエ皇帝を打倒した軍事クーデターに加わり、デルグ(軍事評議会)の中心人物として台頭しました。
1977年に政権を掌握したメンギスツは、マルクス・レーニン主義を標榜するエチオピア人民民主共和国の最高指導者として君臨しました。彼の支配の最も暗い側面は、「赤色テロ」と呼ばれる大規模な政治的弾圧です。反対派や知識人・学生を大量に逮捕・処刑し、数万人から数十万人ともいわれる人々が命を落としたとされています。
その時代の主な出来事は以下の通りです。
- 1977〜78年の「赤色テロ」による大規模な政治弾圧
- エリトリア独立運動への武力弾圧と長期的な内戦
- 1984〜85年のエチオピア大飢饉と政府の不適切な対応
- ソビエト連邦・キューバの支援を受けた社会主義体制の維持
1991年、内戦の敗北によりメンギスツはジンバブエへ逃亡しました。エチオピアの裁判所は欠席裁判で彼にジェノサイドの罪で有罪判決を下しましたが、ジンバブエは引き渡しに応じていません。エチオピア現代史の中でも最も悲劇的な時代を象徴する人物として記録されています。
使い方・例文
「エチオピアの現代史や独裁政権について調べるとき」「アフリカの冷戦期政治を学ぶとき」にこの名前が出てきます。
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