ムハンマド・アリー・ジンナーとは?
むはんまどありーじんなー
ムハンマド・アリー・ジンナーはパキスタン建国の父と称される政治家で、インド独立運動においてムスリムの権利を守る独立国家の樹立を実現しました。
ムハンマド・アリー・ジンナー(Muhammad Ali Jinnah、1876〜1948年)は、現在のパキスタン・カラチ生まれの政治家・法律家です。パキスタン建国の父として「カーイデ・アーザム(偉大な指導者)」と称えられ、現在もパキスタン国民に深く敬われています。
ジンナーはロンドンで法律を学び、インド国民会議派で活動を始め、当初はヒンドゥー教徒とムスリムの融和を目指す「ヒンドゥー・ムスリム統一の使者」とも呼ばれていました。しかし1930年代以降、国民会議派との路線対立が深まる中で全インド・ムスリム連盟のリーダーとして頭角を現しました。
ジンナーが主導した政治的展開の要点は次のとおりです。
- ムスリムが多数を占める独立国家の必要性を訴えた「二民族論」
- 1940年のラホール決議でパキスタン建国の方針を明確化
- イギリスおよびインド国民会議派との交渉を通じた独立達成
- 1947年8月のパキスタン独立と初代総督への就任
独立後わずか1年余りで結核のため死去しましたが、その政治的手腕と法的論理による交渉はパキスタン建国を可能にした決定的な力でした。インドとの分離独立は大規模な宗教間暴力や難民移動を伴うものでもあり、複雑な歴史評価が今日も続いています。
使い方・例文
「南アジアの現代史を学ぶとき、ムハンマド・アリー・ジンナーはパキスタン建国とインド・パキスタン分離独立を語る上で欠かせない人物として登場します。」
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