マルヌの戦いとは?
まるぬのたたかい
マルヌの戦いとは、第一次世界大戦中にフランスのマルヌ川流域で行われた戦闘で、ドイツ軍の西部戦線での電撃的勝利を阻止した重要な会戦です。
マルヌの戦い(Battle of the Marne)は、第一次世界大戦中にフランス北東部のマルヌ川流域で行われた大規模な会戦です。主要なものとして、1914年9月の「第一次マルヌの戦い」と、1918年の「第二次マルヌの戦い」があります。
第一次マルヌの戦いは、ドイツ軍が「シュリーフェン計画」に基づいてフランスへの電撃侵攻を開始し、パリ近郊にまで迫った局面で起こりました。フランス軍とイギリス遠征軍が連合して反撃し、ドイツ軍をマルヌ川以北へ押し戻すことに成功しました。この際、パリのタクシーが兵士を輸送したという「マルヌのタクシー」の逸話でも知られています。
この戦いが歴史的に重要な理由は次の点にあります。
- ドイツ軍の短期決戦計画(シュリーフェン計画)が破綻した
- 戦線は固定化し、塹壕戦という消耗戦に移行するきっかけとなった
- フランスの首都パリが占領を免れた
- 連合国側の戦意が高まり、長期戦への転換点となった
1918年の第二次マルヌの戦いは、大戦末期にドイツ軍の最後の大攻勢が阻止された戦いで、その後の連合国の反攻・ドイツの敗戦へとつながる転換点となりました。マルヌの戦いは近代戦争史上、作戦・戦略の観点から今も広く研究されています。
使い方・例文
第一次世界大戦の歴史を学ぶ際に、マルヌの戦いは「ドイツの電撃作戦を挫いた転換点」として必ず登場します。
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