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ベルナール・ド・クレルヴォーとは?

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ベルナール・ド・クレルヴォーは12世紀フランスのシトー会修道士・神学者で、第2回十字軍を推進した中世カトリック教会最大の影響力を持つ人物の一人です。

ベルナール・ド・クレルヴォー(1090年頃〜1153年)は、中世ヨーロッパで最も影響力のあったキリスト教神学者・修道院改革者の一人です。フランスのブルゴーニュ地方の貴族家庭に生まれ、若くしてシトー会(清貧と労働を重んじる改革的修道会)に入会しました。

1115年にクレルヴォー修道院を創設し、院長として生涯を過ごしました。彼の指導のもと修道院は急速に拡大し、100を超える分院が設立されたとされます。神学的には「愛の神秘主義」と呼ばれる内面的な信仰を強調し、理性よりも愛を通じて神に近づくことを説きました。この立場からスコラ哲学の先駆者アベラールと激しく対立し、1141年の公会議でアベラールの学説を異端として断罪させました。

教会・政治両面での役割も大きく、教皇選出への介入や第2回十字軍(1147〜49年)の説教者として知られます。熱狂的な説教で十字軍参加者を集めた一方、その失敗は晩年の彼に大きな苦悩をもたらしました。1174年に聖人に列せられ、1830年には教会博士の称号が与えられています。

使い方・例文

西洋哲学史や中世キリスト教史を学ぶ際に、アベラールとの論争や十字軍との関わりとともにベルナール・ド・クレルヴォーの名が登場します。

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