ベニーニョ・アキノとは?
べにーにょあきの
フィリピンの政治家で、マルコス独裁政権に抵抗した野党指導者として知られ、1983年の暗殺が民主化運動の転換点となりました。
ベニーニョ・「ニノイ」・アキノ2世(1932〜1983年)は、フィリピンの政治家で、フェルディナンド・マルコス独裁政権に対抗した野党の中心的指導者です。若くして政界に進出し、上院議員として活躍した後、マルコスの戒厳令(1972年)以降は逮捕・投獄されました。
7年以上の獄中生活の後、心臓病治療のため1980年にアメリカへ渡り、ハーバード大学やMITで研究活動を行いながらフィリピン民主化を訴え続けました。1983年8月、フィリピンに帰国しようとマニラ国際空港に降り立った際、タラップを降りた直後に銃撃されて暗殺されました。この事件は世界に衝撃を与え、独裁政権への批判が国内外で一気に高まるきっかけとなりました。
アキノ暗殺は、それまで恐怖で沈黙していたフィリピン市民の怒りに火をつけました。数百万人が参列した葬儀は事実上の反政府デモと化し、民主化運動が急速に拡大しました。この流れはやがて1986年の「ピープルパワー革命」へとつながり、マルコス政権の崩壊を招きます。妻のコラソン・アキノが大統領に就任し、フィリピンに民主主義が回復しました。息子のベニーニョ3世も後に大統領を務めており、アキノ家はフィリピン民主化の象徴的一族となっています。
使い方・例文
フィリピンの民主化運動、ピープルパワー革命、マルコス独裁政権を解説する文脈で必ず登場します。政治的殉教者の歴史的事例や、暗殺が政治変革を促したケースとして国際政治学でも引用されます。
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