ヘンリー2世 (イングランド王)とは?
へんりーにせい
ヘンリー2世はイングランド王(在位1154〜1189年)で、広大なアンジュー帝国を築き、コモン・ローの基礎を整えた中世の名君です。
ヘンリー2世(1133〜1189年)は、プランタジネット朝(アンジュー朝)の初代イングランド王です。母方からイングランド王位を、父方からアンジュー伯領を継承し、さらにフランスのアキテーヌ公爵家の娘エレアノールとの結婚によってアキテーヌ地方も支配下に収めました。この広大な領域はしばしば「アンジュー帝国」と呼ばれます。
内政においては、イングランドの法制度の整備に大きな貢献をしました。王立裁判所の拡充と陪審制度の発展を推進し、慣習法(コモン・ロー)の基礎を固めたことで、後の英米法の原型を築いた君主として法制史上高く評価されています。
一方で、カンタベリー大司教トマス・ベケットとの激しい対立は歴史に残る事件となりました。かつての盟友ベケットが教会の権威を守ろうとして国王と衝突し、1170年にカンタベリー大聖堂で騎士たちによって暗殺されます。ヘンリー2世が「この傲慢な聖職者を誰か排除してくれないか」と発言したことが引き金になったとされ、王は大きな批判を受けました。
晩年は息子たちの反乱にも苦しみ、1189年に失意のうちに死去しました。複雑な功罪を持つ中世イングランドの偉大な国王として今日も研究されています。
使い方・例文
中世イングランド史や英米法の歴史を学ぶ際に、コモン・ローの発展やトマス・ベケット暗殺事件の文脈でヘンリー2世が取り上げられます。
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