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バシレイオス2世 (ビザンツ皇帝)とは?

ばしれいおすにせい

バシレイオス2世ビザンツ帝国皇帝で、ブルガリア帝国を征服し帝国の最大版図を実現した「ブルガリア人殺し」の異名で知られます。

バシレイオス2世(958ごろ〜1025年)は、マケドニア朝のビザンツ(東ローマ皇帝(在位976〜1025年)です。約50年という長い在位中に帝国の領土を大きく拡大し、ビザンツ史上最盛期の一つを現出した偉大な君主として評価されています。

即位当初は貴族の反乱に苦しみましたが、これを鎮圧してからは強力な親政を確立しました。大土地所有者(ディナタイ)の勢力拡大を抑制するため、農民保護の法令を繰り返し発布した点は注目に値します。

最大の軍事的功績はブルガリア帝国との戦争(976〜1018年)における完全勝利です。1014年のクレイディオンの戦いでブルガリア軍を壊滅させた後、捕虜約1万5000人を片眼だけ残して全員失明させ(100人に1人だけ案内役として残す)、帰還したブルガリア皇帝サムイルはその惨状に衝撃を受けて急死したと伝えられます。この逸話から「ブルガロクトノス(ブルガリア人殺し)」の異名がつきました。

また、ロシア(キエフ・ルーシ)への正教会の布教とウラジーミル1世との同盟を通じて、東スラヴ世界のキリスト教化に大きく貢献した皇帝でもあります。

使い方・例文

「バシレイオス2世」はビザンツ帝国史の絶頂期を語る際や、中世の残酷な戦争慣行を説明する歴史的文脈でよく言及されます。

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最終更新:

同じ読みのことば

「ばしれいおすにせい」と同じ読みで、意味のちがうことばです。

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