ニコライ・プルジェヴァリスキーとは?
にこらいぷるじぇゔぁるすきー
ニコライ・プルジェヴァリスキーとは、中央アジアと東アジアの奥地を繰り返し踏査したロシア帝国の探検家・地理学者で、野生馬「プルジェヴァリスキーウマ」の発見者として知られます。
ニコライ・ミハイロヴィチ・プルジェヴァリスキー(1839〜1888年)は、ロシア帝国の軍人・地理学者・博物学者であり、中央アジア・モンゴル・チベット・中国西部にわたる広大な未知の地域を4度の大規模探検で踏破した人物です。
彼の探検はロシア地理学会の支援を受けて行われ、当時のヨーロッパにはほとんど知られていなかった中央アジアの地形・気候・動植物・民族に関する膨大な科学的データをもたらしました。
プルジェヴァリスキーの主な業績は以下のとおりです。
- 野生の馬の一種を発見・記載し「プルジェヴァリスキーウマ(Equus ferus przewalskii)」として学界に紹介
- ロプノール湖(タリム盆地)の調査と位置の特定
- チベット高原・崑崙山脈・天山山脈などの地理情報の整理
- 4度の中央アジア探検(1870〜88年)で総計約3万キロを踏破
4度目の探検の途上、1888年にキルギスタン(当時ロシア領)で赤痢のため54歳で死去しました。現地の湖畔に埋葬され、後にその地はカラコールと改称されましたが、ソ連時代には「プルジェヴァリスク」と呼ばれた時期もあります。中央アジア探検史における最も重要な人物の一人として評価されています。
使い方・例文
動物園や自然史博物館でプルジェヴァリスキーウマの説明を目にする際、発見者として彼の名前が登場します。
この用語をシェア
最終更新: