ジョン・ハニング・スピークとは?
じょん・はにんぐ・すぴーく
ジョン・ハニング・スピークとは、19世紀イギリスの探検家で、ナイル川の源流をビクトリア湖と特定した人物です。
ジョン・ハニング・スピーク(1827〜1864年)は、イギリス陸軍将校出身の探検家で、アフリカ内陸の探検、とりわけナイル川源流の探索で大きな足跡を残しました。
1856年、リチャード・バートンとともにアフリカ東岸から内陸へ向かう英国王立地理学会の遠征隊に参加し、タンガニーカ湖を「発見」します。さらに単独で北上したスピークは1858年、広大な湖に到達し、これをビクトリア女王にちなんでビクトリア湖と命名し、ナイル川の源流であると主張しました。
バートンはこの主張に異を唱え、両者の論争は長く続きました。スピークは1862年の二度目の遠征で、ビクトリア湖北岸から流れ出る川(現在のリポン滝)を確認し、源流説の根拠をより強固なものとしました。帰国後、バートンとの公開討論が予定されていた翌日、銃の暴発事故により死亡。事故か自殺かは今も議論されています。
その後の調査でビクトリア湖がナイル川の主要な源流であることは広く認められており、スピークの主張はおおむね正しかったと評価されています。アフリカ探検黄金時代を代表する探検家の一人です。
使い方・例文
「スピークのナイル源流探索」は探検史の文脈で語られ、バートンとの論争とあわせて地理学史の教科書に登場します。
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