本文へスキップ

テオドシウス2世とは?

ておどしうすにせい

テオドシウス2世は5世紀の東ローマ皇帝で、テオドシウス法典の編纂とコンスタンティノープルの城壁整備により帝国の基盤を固めた人物です。

テオドシウス2世(Theodosius II、401〜450年)は、東ローマ帝国ビザンツ帝国)の皇帝(在位408〜450年)です。7歳で即位し、49歳で没するまでの長い在位期間のうち、実際の政治は当初は姉のプルケリアや有力な廷臣たちが担いました。

最大業績テオドシウス法典(Codex Theodosianus)の編纂です。438年に完成したこの法典は、コンスタンティヌス1世以降の勅令を体系的に集大成したもので、東西ローマ帝国に共通して適用されました。中世ヨーロッパの法体系に大きな影響を与え、近代法学の源流の一つとされています。

また対外的には、コンスタンティノープルを守るテオドシウスの城壁の建設(413年頃完成)が挙げられます。三重構造の堅固な防壁は、オスマン帝国による1453年の征服まで都市を守り続けた、古代最高水準の防衛施設です。

一方でフン族の王アッティラとの関係では、長年にわたる侵攻に悩まされ、多額の貢納金を支払うことで和平を保つという受動的な外交が続きました。450年に落馬による事故で没し、テオドシウス朝はその後短期間で断絶しました。

使い方・例文

ローマ法や中世ヨーロッパ法の起源を説明する際に「テオドシウス法典は現代の法体系に連なるローマ法の集大成として重要だ」と紹介されます。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語