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テウタ女王とは?

てうたじょおう

テウタ女王とは、紀元前3世紀のイリュリア王国の女王で、アドリア海の海賊行為を奨励してローマ共和国と対立した人物です。

テウタ女王(Queen Teuta、生没年不詳)は、紀元前3世紀後半にバルカン半島北西部を支配したイリュリア王国の摂政女王です。夫のアグロン王が紀元前231年頃に急死した後、幼い息子の後見人として実権を握りました。

テウタは在位中、アドリア海における海賊活動を積極的に支援・奨励しました。イリュリアの海賊船団はギリシャ諸都市やローマの商船を襲撃し、地中海の交易に深刻な脅威をもたらしました。ローマ共和国が外交使節を送って抗議した際、テウタはその使節の一人を殺害したとも伝えられており、これがローマとの直接対決の引き金となりました。

この事件を受けてローマは紀元前229年、大規模な遠征軍をイリュリアに派遣しました(第一次イリュリア戦争)。圧倒的な軍事力の前にテウタは敗北し、紀元前228年に講和条約を締結。これによりイリュリアはアドリア海南部での航行を制限され、ローマは初めてバルカン半島への足がかりを得ました。

テウタはその後まもなく歴史の表舞台から姿を消しますが、強大なローマ共和国に正面から抵抗した指導者として、バルカン諸国、特に現在のアルバニアやモンテネグロでは民族的英雄として高く評価されています。

使い方・例文

古代ローマの対外拡張史やバルカン半島の歴史を学ぶ際に、テウタ女王はローマのイリュリア介入のきっかけを作った人物として登場します。

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