ティムール・レンクとは?
てぃむーるれんく
ティムール・レンク(跛のティムール)は、14〜15世紀中央アジアを席巻した征服者で、ティムール朝を創始し中東・南アジアに多大な影響を与えた歴史上屈指の軍事指導者です。
ティムール・レンク(1336年頃〜1405年)は、中央アジアのサマルカンドを拠点に活動したテュルク・モンゴル系の征服者・君主です。「レンク」はペルシャ語で「跛(びっこ)」を意味し、戦傷による足の不自由を示します。西洋では「タメルレーン」とも呼ばれます。
チャガタイ・ハン国の将軍として頭角を現し、1370年頃に中央アジアの実権を掌握してティムール朝を樹立しました。その後、現在のイラン・イラク・コーカサス・アフガニスタン・インド北部・小アジアへと征服の範囲を広げ、一時はオスマン帝国のスルタン・バヤズィット1世を捕虜にするほどの大帝国を築き上げました。
ティムールの軍事行動は圧倒的な組織力と機動力を誇る一方で、征服地での大規模な虐殺・破壊も伴いました。デリー(1398年)やダマスカス・バグダード(1400〜1401年)への侵攻では、膨大な人命と文化財が失われました。
一方でサマルカンドはイスラム建築・学術・芸術の中心地として繁栄し、レギスタン広場などの壮麗な建築物が建てられました。彼の孫ウルグ・ベクは天文学者としても名高く、ティムール朝は文化的にも高い水準を誇りました。ティムールはその破壊と建設の両面から、歴史上最も複雑な評価を受ける人物のひとりです。
使い方・例文
中東・中央アジア史や世界征服者を特集した番組・書籍で「最強の征服者」として登場し、モンゴル帝国後の中央アジア覇権を語る文脈でも必ず取り上げられます。
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