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ティグラト・ピレセル3世とは?

てぃぐらとぴれせるさんせい

ティグラト・ピレセル3世とは、紀元前8世紀のアッシリア王で、強力な常備軍と地方行政制度によって帝国の最盛期を切り開いた君主です。

ティグラト・ピレセル3世(在位:紀元前745年〜727年頃)は、アッシリア帝国の中興の祖とも呼ばれる君主です。それ以前のアッシリアは内紛と諸侯の割拠によって弱体化していましたが、彼はクーデターによって王位を掌握し、国家を根本から再編しました。

最大の改革は軍事制度の刷新です。それまでの徴兵制を改め、専門訓練された常備軍を整備しました。歩兵・騎兵・工兵・戦車部隊の連携による組織的な戦闘方式はメソポタミアで際立った威力を発揮し、バビロニア・シリア・イスラエル・フェニキアなどの周辺地域を次々と制圧しました。

行政面では征服地を直轄州に編入して総督を派遣する中央集権体制を敷き、被征服民の強制移住(住民交換政策)によって反乱の芽を摘みました。この政策はイスラエル王国の住民が「失われた十部族」として散らばる一因ともなっており、聖書にも彼の名が記されています。

彼はバビロニアも征服し、「バビロンの王」の称号も称しました。ティグラト・ピレセル3世の改革はアッシリア帝国の最盛期を準備し、近世の帝国行政にも通じる統治モデルを古代に示した存在として評価されています。

使い方・例文

古代オリエント史や旧約聖書の時代背景を扱う文脈で、アッシリアの最強期を象徴する王として取り上げられます。

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