スタニスワフ2世アウグストとは?
すたにすわふにせいあうぐすと
スタニスワフ2世アウグストとは、18世紀ポーランド・リトアニア共和国最後の国王で、啓蒙改革を推進しながらもポーランド分割によって国を失った悲劇の君主です。
スタニスワフ2世アウグスト(1732〜1798年)は、ポーランド・リトアニア共和国の最後の国王(在位1764〜1795年)です。ロシアのエカチェリーナ2世の支援を受けて即位した経緯があり、その複雑な立場が生涯につきまといました。
彼は啓蒙専制君主として、多方面にわたる改革を試みました。
- 教育制度の近代化(国家教育委員会の設立)
- 芸術・学術の振興とワルシャワの文化的発展
- 1791年5月3日憲法の制定(ヨーロッパ初の近代的成文憲法の一つ)
しかし周辺大国(ロシア・プロイセン・オーストリア)によるポーランド分割(1772年・1793年・1795年の三次分割)が次々と行われ、国土は侵食され続けました。1795年の第三次分割でポーランドは地図上から消滅し、スタニスワフ2世は退位を余儀なくされました。改革への意志と国際政治の現実の間で引き裂かれた君主として、ポーランド史の中で複雑な評価を受けています。
使い方・例文
ポーランドの分割や1791年憲法を学ぶ際に欠かせない人物で、近代ヨーロッパ史の授業でよく登場します。
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