エカチェリーナ2世とは?
えかちぇりーなにせい
エカチェリーナ2世とは、18世紀ロシアを長期間統治した女帝で、啓蒙思想を取り入れた改革と領土拡大で「大帝」と称されます。
エカチェリーナ2世(1729〜1796年)は、プロイセン出身の貴族女性がロシア皇后となり、のちにクーデターで帝位を掌握した人物です。本名ゾフィー・フォン・アンハルト=ツェルプストといい、ロシア皇太子と結婚後にロシア正教に改宗してエカチェリーナと名乗りました。
1762年に夫ピョートル3世を廃し自ら帝位につくと、以後34年にわたってロシアを統治しました。啓蒙思想家ヴォルテールやディドロらと書簡を交わし、法典整備や教育制度の近代化を推進したことから「啓蒙専制君主」の代表例とされます。一方で農奴制を強化し、プガチョフの農民反乱を厳しく鎮圧するなど、支配層の利益を優先した側面も持ちます。
外交・軍事面では目覚ましい成果を上げました。オスマン帝国との戦争でクリミア半島を併合し、ポーランド分割に参加してロシアの西方領土を大幅に拡大。黒海への出口を確保したことは、ロシアの南方戦略に長期的な影響を与えました。
その功績から「大帝(エカチェリーナ大帝)」とも呼ばれ、ピョートル1世と並びロシア史上最も強力な君主の一人として位置づけられています。
使い方・例文
ロシア近代史や啓蒙専制主義の文脈でしばしば取り上げられ、彼女の治世はロシア帝国の最盛期のひとつとして評価されています。
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