ジョン・マクダウアル・スチュアートとは?
じょんまくだうぁるすちゅあーと
19世紀のオーストラリア探検家で、大陸を南北に縦断することに初めて成功した人物として知られています。
ジョン・マクダウアル・スチュアート(John McDouall Stuart、1815〜1866年)は、スコットランド生まれのオーストラリア探検家です。フィファ州カークカルディ出身で、エジンバラ王立軍事アカデミーに学んだのち、1838年にオーストラリアへ移住しました。
スチュアートが歴史に名を刻んだのは、オーストラリア大陸の内陸部を縦断する探検です。当時、大陸中央部は「死の砂漠」と呼ばれ、未踏のまま残されていました。スチュアートは1858年から複数回にわたって内陸探検を試み、幾度も過酷な自然条件や食糧不足に阻まれながらも前進を続けました。
1860〜1861年の探検では大陸中央部到達に成功し、1861〜1862年の第六次探検でついにアデレードからダーウィン付近のヴァン・ディーメン湾まで、大陸を南北に縦断することに成功しました。この偉業は、のちのオーストラリア大陸横断電信線(1872年開通)の建設ルートを決定づけるものとなりました。
探検によって健康を著しく害したスチュアートはイギリスへ帰国し、1866年にロンドンで死去しました。オーストラリア中央部の州都キャンベラ南方を流れるスチュアート・ハイウェイなどに、その名が冠されています。
使い方・例文
「地理の授業でオーストラリア探検史を扱う際、スチュアートの南北縦断成功は大陸開拓の転換点として紹介される。」
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