ジョン・スペクとは?
じょんすぺく
ジョン・ハニング・スペクとは、19世紀イギリスの探検家で、ナイル川の源流がビクトリア湖であることを最初に主張・報告したことで知られる人物です。
ジョン・ハニング・スペク(John Hanning Speke、1827〜1864年)は、イギリス陸軍の将校・探検家です。ヴィクトリア朝時代の「アフリカ内陸探検」ブームの中で、ナイル川源流の謎を解明した人物として歴史に名を残しています。
スペクはリチャード・フランシス・バートンとともにアフリカ東部の内陸を探検し、1858年にビクトリア湖(現在のウガンダ・タンザニア・ケニアにまたがる大湖)を「発見」(ヨーロッパ人として初めて到達)しました。この湖をナイル川の源流と確信したスペクは、当時のイギリス女王にちなんでビクトリア湖と命名しました。
1862年には再度探検を行い、ビクトリア湖北端のリポン滝からナイル川が流れ出ていることを確認。「ナイル問題は解決された」と報告しました。しかしバートンをはじめとする探検家・地理学者からは異論が唱えられ、公の討論会を翌日に控えた1864年に銃の事故(自殺とも事故ともいわれる)で死去しました。
その後の探検によってスペクの主張はおおむね正しいことが確認されています。彼の業績は近代地理学史・アフリカ探検史において重要な位置を占めています。
使い方・例文
地理・アフリカ探検史の授業や文献で、「スペクがビクトリア湖をナイルの源として報告した」のように紹介されます。
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