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ジャン=フランソワ・ド・ラペルーズとは?

じゃんふらんそわどらぺるーず

ジャン=フランソワ・ド・ラペルーズとは、18世紀フランスの航海探検家で、太平洋探検中に消息を絶ったことで知られる冒険家です。

ジャン=フランソワ・ド・ガロー・ド・ラペルーズは1741年8月23日にフランス南部のアルビ近郊で生まれた海軍士官・探検家です。フランス革命前夜の18世紀後半に、ルイ16世の命を受けて世界一周探検航海を率いましたが、1788年に南太平洋で消息を絶ちました。

ラペルーズの探検航海は科学的・地理的知識の収集を主な目的とするフランス啓蒙主義の精神を体現したものでした。植物学者・天文学者・物理学者など多数の専門家を乗せ、詳細な観察と記録を行いながら世界の未知の海域を探索しました。

主な探検ルートと業績は以下のとおりです。

  • 1785年に2隻の艦船でブレストを出発、太平洋探検に向かう
  • アラスカ・カリフォルニア沿岸から東アジア(日本周辺・朝鮮海峡)を経由して航海
  • 日本海(当時フランス人が「ラペルーズ海峡」と呼んだ宗谷海峡通過)を探索
  • カムチャツカ半島やサハリン周辺の地理的知識をヨーロッパにもたらす

ラペルーズの艦隊は1788年にヴァニコロ島(現ソロモン諸島)付近で消息を絶ちました。後の調査でその一部が難破したことが判明しています。彼の航海日誌の一部は出発前にフランスへ送られており、死後に出版されて後世の航海・地理の研究に貢献しました。

使い方・例文

「ラペルーズは宗谷海峡を通過してアジア沿岸を詳細に調査したフランスの探検家として、地理学の歴史に名を残している」という形で地図や探検史の文脈で登場します。

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