本文へスキップ

ジャハーン・シャーとは?

じゃはーんしゃー

ジャハーン・シャーとは、15世紀トルコ系王朝カラ・コユンル(黒羊朝)の君主で、イランおよびイラクを支配した中東の有力な統治者です。

ジャハーン・シャー(1397年頃〜1467年)は、カラ・コユンル(黒羊朝)のトルクメン系君主で、父カラ・ユースフの後を継いでイラン西部・イラクアゼルバイジャン中心とする広大な領域を支配しました。在位期間は1438年から1467年に及び、黒羊朝最盛期を築いた統治者として知られています。

彼の治世はティムール朝の衰退と連動しており、ティムール朝の内紛に乗じてイラン東部方面への勢力拡大を図りました。1458年にはイスファハンおよびファールス地方を一時制圧し、黒羊朝の版図を最大にまで広げることに成功しました。タブリーズを首都として繁栄させ、建築・文化面でも一定の遺産を残しています。

一方でジャハーン・シャーは終生ライバルのアク・コユンル(白羊朝)との争いを続けました。白羊朝の君主ウズン・ハサンとの対立は激化し、1467年にムーシュ近郊の戦いでウズン・ハサンの軍に敗れ、戦死しました。ジャハーン・シャーの死後、黒羊朝は急速に崩壊し、白羊朝がイラン・イラクの覇権を握ることになります。彼の治世はトルクメン系諸王朝がイスラム世界の中心で大きな役割を果たした時代を象徴しています。

使い方・例文

中世イスラム史や中東のトルクメン諸王朝を学ぶ際に登場します。黒羊朝・白羊朝・ティムール朝が交錯する15世紀イランの政治史を解説する文脈で言及されます。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語