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ゲルトルート・ベルとは?

げるとるーとべる

ゲルトルート・ベルとは、20世紀初頭に中東各地を探検し、英国外交官・諜報員として活動しながらイラク建国に深く関与したイギリスの女性探検家・考古学者です。

ゲルトルート・ベル(Gertrude Bell、1868〜1926年)は、イギリス・ダーラム生まれの旅行家・考古学者・外交官・諜報員です。オックスフォード大学で歴史を修めた後、中東・ペルシア・アラビアへの探検と調査を重ね、アラブ世界に精通した稀有な西洋人女性として知られています。

ベルはアラビア語を習得し、シリア砂漠やメソポタミア、アラビア半島を広く踏破しました。その旅行記や調査報告は地理・考古学・民族学の貴重な資料であり、ハイル(現サウジアラビア)のラシード家を訪問した記録などは当時の政治情勢を知る文献として今も参照されます。

第一次世界大戦中はイギリス陸軍省・インド省の情報将校として働き、アラブ人指導者との交渉・情報収集に貢献しました。戦後、1921年のカイロ会議ではウィンストン・チャーチルやT・E・ロレンス(アラビアのロレンス)とともにイラク国境画定と王制樹立に関与し、ファイサル1世をイラク王として擁立する過程で重要な役割を果たしました。このためベルは「イラクを作った女性」とも呼ばれます。

バグダードに設立されたイラク博物館(現国立博物館)の初代館長格としても活動し、考古遺物の保護にも尽力しました。1926年に58歳で没しましたが、その多面的な業績は映画や伝記でも繰り返し取り上げられています。

使い方・例文

中東の近現代史や英国帝国主義の文脈、あるいは女性探検家・外交官を特集した書籍・ドキュメンタリーでゲルトルート・ベルの名が登場します。

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