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ゲオルギ・ディミトロフとは?

げおるぎでぃみとろふ

ゲオルギ・ディミトロフは、ブルガリアの共産主義者・政治家で、ライプツィヒ裁判での無罪を勝ち取り国際的に著名となり、戦後ブルガリアの初代首相を務めました。

ゲオルギ・ディミトロフ(Georgi Dimitrov, 1882〜1949年)は、ブルガリアの共産主義者・政治家で、コミンテルン(共産主義インターナショナル)書記長を務め、戦後ブルガリア人民共和国の初代首相(1946〜1949年)となった人物です。

印刷工として働きながら労働運動に参加し、ブルガリア共産党の指導的立場に就きました。1923年の蜂起失敗後は亡命生活を続け、ソ連や西欧で活動しました。

1933年、ドイツ国会議事堂放火事件の容疑者としてナチス・ドイツに逮捕され、ライプツィヒ裁判で裁かれました。法廷でゲッベルスら高官と真っ向から論戦を展開し、無罪判決を勝ち取ったこの裁判は国際的に大きな注目を集め、ファシズムへの抵抗の象徴として世界に名を知らしめました。

その後コミンテルン書記長としてファシズムへの統一戦線政策を主導し、第二次世界大戦後はソ連の後ろ盾を得てブルガリアに帰国。社会主義体制を確立し首相を務めましたが、1949年にモスクワで死去しました。

使い方・例文

「ファシズムに抵抗した政治家を調べると、ライプツィヒ裁判でナチスに一歩も引かなかったディミトロフの名前が必ず挙がる。」

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