グナエウス・ポンペイウスとは?
ぐなえうすぽんぺいうす
グナエウス・ポンペイウスは、共和政ローマ末期に三頭政治を主導した名将で、地中海全域の覇権をローマにもたらした政治家・軍人です。
グナエウス・ポンペイウス(前106〜前48年)は、共和政ローマ末期を代表する政治家・軍人で、「マグヌス(偉大なる者)」の称号を持つ実力者です。スッラ派の将として頭角を現し、若くして軍事的才能を発揮して「ローマの若きアレクサンドロス」とも称されました。
ポンペイウスの最大の業績は、前67〜前63年にかけての東方大遠征です。まず地中海全域を荒らしまわっていた海賊を前67年のわずか3か月という短期間で壊滅させ、次にミトリダテス6世(ポントス王)との長年の戦争を終結させました。さらにシリア・ユダヤを征服してローマの支配を東地中海全域に確立し、帰国後は「東方問題の解決者」として絶大な名声を獲得しました。
政治的には以下の活動が重要です。
- 前60年、カエサル・クラッススとの第一回三頭政治の形成
- 属州への巨大な影響力による実質的な「ローマ最大の実力者」としての地位
- 元老院派との複雑な関係と政治的立場の変遷
- カエサルとの内戦(前49〜前48年)での敗北
ファルサロスの戦い(前48年)でカエサルに敗れたポンペイウスはエジプトへ逃れましたが、エジプトのプトレマイオス朝廷臣によって暗殺されました。ポンペイウスの生涯はローマ共和政が独裁的な「一人支配」へ移行していく過程を体現しており、後のカエサル独裁・帝政への道を準備した時代を象徴する人物として歴史に刻まれています。
使い方・例文
「カエサルとポンペイウスのどちらを支持するか」という選択が当時のローマ市民にとって生死に関わる問題であったことは、歴史ドラマや小説でしばしば描かれます。
この用語をシェア
最終更新: