キプチャク・ハン国とは?
きぷちゃくはんこく
キプチャク・ハン国とは、13世紀にモンゴル帝国から分立し、現在のロシア・ウクライナ・カザフスタン一帯を支配した、チンギス・ハンの孫バトゥを建国者とするハン国です。
キプチャク・ハン国(ジョチ・ウルス、またはゴールデン・ホード)は、1243年ごろバトゥ・ハンによって南ロシアのステップ地帯に建国されました。「ゴールデン・ホード(黄金のオルド)」という別名は、黄金色に輝くハンの天幕(オルド)に由来するとされます。
最盛期には東ヨーロッパのポーランド・ハンガリーから中央アジアにまで広がる広大な領域を支配し、ロシア諸公国を長期にわたって服属させました。この支配はロシア側から「タタールのくびき」と呼ばれ、ロシアの政治・社会発展に大きな影響を与えたとされます。
ハン国の支配層はモンゴル系でしたが、周辺のトルコ系キプチャク人との混血が進み、14世紀にはイスラーム化されました。首都サライ(現ロシア・ヴォルガ川下流域)は交易と文化の中心地として繁栄しました。しかし14世紀後半のティムールの侵攻や内部の権力抗争によって急速に弱体化し、15世紀には複数のハン国(カザン・ハン国、クリム・ハン国など)に分裂して解体しました。
使い方・例文
ロシア史の文脈では「タタールのくびき」として登場し、モスクワ大公国の台頭とキプチャク・ハン国への貢納という関係が教科書でよく取り上げられます。
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