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バトゥ・ハンとは?

ばとぅはん

バトゥ・ハンは、13世紀モンゴル帝国の王族で、ジョチ・ウルス(キプチャク・ハン国)を建てヨーロッパへの大遠征を率いた征服者です。

バトゥ・ハン(Batu Khan, 1205年頃〜1255年頃)は、モンゴル帝国の創始者チンギス・ハンの孫で、長男ジョチの子です。13世紀に西方遠征を主導し、ロシアポーランドハンガリーを席巻してヨーロッパに深刻な衝撃を与えました。

バトゥの最大の功績はモンゴル西征(1236〜1242年)の指揮です。この遠征では名将スベエデイを参謀に起用し、次のような成果を挙げました。

  • ルーシ(ロシア)諸侯国を次々に征服し、モスクワ・キエフなど主要都市を壊滅させた
  • ポーランドのレグニツァの戦い(1241年)でヨーロッパ連合軍を撃破
  • ハンガリーのモヒの戦い(1241年)でも勝利し、アドリア海沿岸まで到達

遠征の途上、大ハン(オゴデイ)の死去を受けてモンゴル軍は東へ引き返し、ヨーロッパは全面征服を免れました。その後バトゥはヴォルガ川下流域を本拠地にジョチ・ウルス(金帳汗国・キプチャク・ハン国)を建て、ロシア・中央アジアに広大な支配圏を築きました。彼の国は後のロシア史にも深く影響し、「タタールのくびき」と呼ばれる支配の原点となりました。

使い方・例文

モンゴル帝国史・中世ロシア史・十字軍・ヨーロッパ中世史の文脈で「西方遠征」の指導者として登場し、世界史の教科書では必ず取り上げられる人物です。

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