カルタゴ滅亡とは?
かるたごめつぼう
カルタゴ滅亡とは、紀元前146年に第三次ポエニ戦争でローマがカルタゴを完全に破壊し、北アフリカの強国を歴史の舞台から消し去った出来事です。
カルタゴ滅亡とは、紀元前146年に第三次ポエニ戦争が終結した際、ローマ軍がカルタゴの都市を徹底的に破壊し、住民を虐殺・奴隷化した歴史的事件です。これにより、フェニキア人が建設した地中海最大の商業都市国家カルタゴは完全に消滅しました。
カルタゴは現在のチュニジア北部に位置し、地中海貿易を支配した強大な都市国家でした。ローマとは紀元前264年から始まる3度のポエニ戦争で激突しました。第二次ポエニ戦争ではハンニバル・バルカがアルプスを越えてイタリア半島に攻め込み、ローマを苦しめましたが、最終的にローマが勝利しました。
第三次ポエニ戦争(前149〜前146年)では、大スキピオの孫・小スキピオ(スキピオ・アエミリアヌス)が率いるローマ軍がカルタゴを包囲し、3年間の籠城戦の末に陥落させました。都市は17日間にわたって焼かれ、建物は破壊され、生き残った市民約5万人は奴隷とされたと伝えられます。その後、カルタゴの地はローマの属州「アフリカ」に組み込まれました。
「カルタゴは滅ぼされなければならない」というカトーの言葉はこの時代を象徴する名句として後世に伝えられ、国家間の覇権争いと文明の消滅を示す歴史的教訓として語り継がれています。
使い方・例文
歴史の授業では「ポエニ戦争の結末」としてカルタゴ滅亡が取り上げられ、ローマの地中海支配確立と古代都市文明の消滅という二つの意味で解説されます。
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