カジミェシュ・プワスキとは?
かじみぇしゅぷわすき
カジミェシュ・プワスキとは、18世紀のポーランド出身の軍人で、アメリカ独立戦争に参加して騎兵隊を率い「アメリカ騎兵隊の父」と称される英雄です。
カジミェシュ・プワスキ(1745年〜1779年)は、ポーランド貴族の家に生まれた軍人です。ポーランドではバール連盟(1768年〜1772年)における対ロシア抵抗運動に参加し、騎兵隊長として活躍しましたが、連盟の敗北後は亡命を余儀なくされました。
ベンジャミン・フランクリンの仲介を通じてアメリカ独立戦争に参加することを決意し、1777年にアメリカに渡りました。ジョージ・ワシントン将軍はその騎馬戦の技術を高く評価し、大陸軍の騎兵隊を指揮する将官に任命しました。プワスキはアメリカ軍の騎兵を近代的に再編成・訓練し、機動性の高い戦闘部隊として機能させた功績から「アメリカ騎兵隊の父」と呼ばれるようになりました。
1779年のサバンナ包囲戦において重傷を負い、2日後に艦上で死去しました。享年34歳でした。その死後、プワスキはアメリカとポーランド両国の英雄として讃えられました。
現在、アメリカ各地には彼の名を冠した橋・道路・公園・都市が数多く存在し、10月11日は「プワスキ記念日」として一部の州で祝日に制定されています。ポーランドでも独立と自由のために戦った民族的英雄として語り継がれています。
使い方・例文
アメリカとポーランドの歴史的な友好を語る文脈で、カジミェシュ・プワスキはタデウシュ・コシチュシュコとともに独立戦争に参加したポーランド人義勇兵の代表として紹介されます。
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