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オマール・ムフタールとは?

おまーるむふたーる

オマール・ムフタールとは、20世紀初頭にイタリアの植民地支配に抵抗したリビアの民族的英雄で、「砂漠のライオン」とも呼ばれる抵抗運動の指導者です。

オマール・ムフタール(1858頃〜1931年)は、現在リビア北東部(キレナイカ地方)出身のイスラム教指導者・軍事指揮官で、イタリアの植民地支配に対する抵抗運動を率いた人物です。「砂漠のライオン」という渾名で知られ、リビアでは現在でも国家的英雄として崇敬されています。

1911年にイタリアがオスマン帝国領であったリビアに侵攻すると、ムフタールはスーフィー教団(サヌーシー教団)の指導者としてゲリラ戦を組織しました。砂漠地帯の地の利を生かしたヒット・アンド・ランの戦術で、近代的兵器を持つイタリア軍を長年にわたって苦しめました。

彼の抵抗は約20年間にも及びました。少ない兵力・物資で組織的な抵抗を維持し続けた戦いぶりは、当時のヨーロッパでも「異例の粘り強さ」として報道されました。しかし1931年、イタリア軍に捕らえられ、ベンガジ近郊のスルークで公開裁判の後、絞首刑に処されました。享年は70歳前後とされています。

ムフタールの処刑は各地のアラブ・イスラム世界に衝撃を与え、反植民地主義運動の象徴となりました。リビアでは1984年に彼の肖像が紙幣に採用され、1981年にはアンソニー・クイン主演の映画「砂漠のライオン」が公開されて国際的にも知られるようになりました。

使い方・例文

アフリカの植民地支配と抵抗運動の歴史を学ぶ場面で取り上げられるほか、リビアを舞台にした歴史映画や書籍で頻繁に登場します。

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