インカのワスカルとは?
いんかのわすかる
インカのワスカルとは、16世紀のインカ帝国で皇位継承をめぐり弟アタワルパと内戦を戦い、スペイン征服直前に敗死した皇帝です。
ワスカル(生没年諸説あり、1532年頃死去)は、インカ帝国のサパ・インカ(皇帝)の一人です。父ワイナ・カパックの死後、その後継者として即位しましたが、異母弟のアタワルパとの間で激しい継承争いが勃発しました。
ワイナ・カパックが死去した際、帝国の北部(現在のエクアドル方面)はアタワルパが、南部(クスコを中心とする本土)はワスカルが引き継ぐ形となりました。やがて両者の関係は決定的に悪化し、大規模な内戦(インカ内戦)へと発展しました。
内戦の経緯は以下の通りです。
- 各地で激しい軍事衝突が繰り返された
- アタワルパ側の将軍キスキスとチャルクチマが優勢に立つ
- ワスカルは戦いに敗れて捕虜となった
- アタワルパが覇権を確立した直後にスペイン人コルテスが到来
スペインのコンキスタドール、フランシスコ・ピサロによってアタワルパが捕縛されると、捕虜となっていたワスカルは1532年頃に処刑されたとされています。インカ帝国内部の分裂は、スペインによる征服を大きく助けたと歴史家は指摘します。ワスカルは「もし内戦がなければ歴史が変わっていたかもしれない」という仮定とともに語られることの多い人物です。
使い方・例文
「インカ帝国滅亡の経緯を調べると、ワスカルとアタワルパの内戦がスペインの征服を容易にしたと説明されます」という文脈で登場します。
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