ワスカルとは?
わすかる
ワスカルとは、16世紀初頭のインカ帝国における皇帝継承争い「インカの内戦」で兄弟のアタワルパと争い、敗れて処刑された悲劇の皇帝です。
ワスカル(1503年頃〜1532年)は、インカ帝国第12代皇帝(サパ・インカ)とされる人物です。父ワイナ・カパックの死後、その後継者として帝都クスコを拠点に即位しましたが、異母兄弟のアタワルパがキトを拠点に帝国北部の支配権を主張し、インカ史上最大の内戦が勃発しました。
この内戦は数年にわたって続きましたが、ワスカルはアタワルパの将軍たちに敗れ、1532年頃に捕虜となりました。折しもスペインのコンキスタドール(征服者)フランシスコ・ピサロがアンデスに到達した時期と重なり、アタワルパはピサロとの交渉中にワスカルの処刑を命じました。
ワスカルの悲劇は単なる兄弟争いにとどまらず、インカ帝国の政治的分裂をスペイン人に利用される結果を招いた点で歴史的に重要です。ピサロはアタワルパとの交渉で、ワスカル派の勢力を味方につけることができ、帝国征服を有利に進めました。
ワスカルの名はケチュア語で「ロープ」を意味するとも伝えられます。内戦とスペインの侵略が重なったこの時期は、アンデス文明の命運を大きく変えた転換点として歴史に刻まれています。
使い方・例文
「ワスカルとアタワルパの内戦がなければ、ピサロのインカ征服はこれほど容易ではなかったかもしれない」という文脈で名前が登場します。
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