アレクサンドル・サムソノフとは?
あれくさんどるさむそのふ
アレクサンドル・サムソノフは、第一次世界大戦初期のタンネンベルクの戦いでドイツ軍に壊滅的敗北を喫したロシア帝国の将軍です。
アレクサンドル・ヴァシリェヴィチ・サムソノフ(Aleksandr Vasilyevich Samsonov, 1859〜1914)は、ロシア帝国の陸軍大将です。第一次世界大戦開戦直後の東部戦線で指揮を執ったことで歴史に名を残しています。
1914年8月、ロシア軍は東プロイセンに侵攻しました。サムソノフは第2軍を率い、パウル・フォン・レネンカンプフ指揮下の第1軍と連携して東プロイセンを挟撃しようとしました。しかしドイツ軍のパウル・フォン・ヒンデンブルクおよびエーリヒ・ルーデンドルフは、ロシア軍の無線通信を傍受して両軍の動向を把握し、サムソノフの第2軍を集中的に包囲しました。
タンネンベルクの戦い(1914年8月)において、サムソノフ率いるロシア第2軍は壊滅的な敗北を喫します。ロシア兵は数万人が戦死・捕虜となり、将軍自身も包囲網の中で部隊を失いました。敗北の責任を痛感したサムソノフは、戦場近くで自ら命を絶ったとされています。
この敗戦はロシア軍の指揮系統の問題・補給不足・通信の脆弱性を露わにし、後のロシア帝国崩壊への遠因のひとつとも分析されます。タンネンベルクの戦いはドイツ軍の包囲殲滅戦の見本として軍事史に残っています。
使い方・例文
「タンネンベルクの戦いでサムソノフのロシア第2軍はドイツ軍に包囲され、壊滅した」という軍事史の文脈で登場します。
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