アテネのペリクレスとは?
ぺりくれす
ペリクレスは古代アテネの政治家で、民主政治の全盛期を築き、パルテノン神殿建設を主導した人物です。
ペリクレス(Perikles、紀元前494頃〜前429年)は、古代ギリシャのポリス・アテネを代表する政治家・軍人です。アルクマイオン家の血を引く名門出身で、紀元前461年頃から約30年にわたりアテネの政治的指導者として活躍しました。
ペリクレスの時代はアテネ民主政の黄金期とされ、その業績は多岐にわたります。
- アテネ民主政の整備・深化:無産市民への公職開放と報酬制度の導入
- デロス同盟の支配強化:同盟諸ポリスの資金を活用してアテネの覇権を確立
- アクロポリスの再建:パルテノン神殿(建築家イクティノスらが担当)など壮大な建築事業を推進
- 知識人・芸術家の保護:ソクラテス、フィディアス、アナクサゴラスらとの交流
彼の時代のアテネは哲学・文学・美術・建築においてギリシャ文明の頂点に達し、この時代を指して「ペリクレスの時代(ペリクレス時代)」と呼ぶこともあります。しかし、スパルタとのペロポネソス戦争(前431年開戦)では戦略上の困難に直面し、開戦翌年に疫病が流行する中で没しました。
ペリクレスはトゥキュディデスの「歴史」に収録された「戦没者追悼演説」でも有名で、民主政治の理念を雄弁に語った名演説として後世に伝えられています。
使い方・例文
「ペリクレスの時代のアテネは民主政と文化が同時に花開いた稀有な例として、今日の政治学や歴史学でも頻繁に参照される」のように、古代ギリシャ史の授業や議論で必ず取り上げられる人物です。
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