金朝とは?
きんちょう
金朝(きんちょう)とは、12世紀から13世紀にかけて女真族が中国北部を支配した王朝で、宋と対立しながら東アジアに大きな影響を与えました。
金朝(1115年〜1234年)は、現在の中国東北部を本拠とする女真族(ジュルチン族)が、完顔阿骨打(ワンヤン・アグダ)を初代皇帝として建国した王朝です。国号「金」は女真語の「アルチュン(黄金)」に由来するとされます。
金朝は建国後まもなく、それまで東アジアに覇を唱えていた契丹族の遼を滅ぼし、さらに中国の宋と対立して華北を征服しました。1127年には北宋の首都・開封を陥落させ、皇帝を含む多くの人々を北へ連れ去った「靖康の変」は中国史上の大事件として知られています。この後、宋は南方(臨安)へ移り「南宋」となり、金と長きにわたって対峙しました。
金朝の特徴を以下にまとめます。
- 女真文字を制定し独自の文化を育てながら、漢文化も積極的に取り入れた
- 首都を中都(現在の北京付近)に置き、政治・文化の中心地として発展させた
- 官僚制や科挙制度を採用し、漢族との融合政策を推進した
- モンゴル帝国の台頭により圧迫され、1234年にモンゴルと南宋の連合軍に滅ぼされた
金朝が後の満州族(清朝)の先祖にあたる女真族によって建てられたことから、中国史における民族王朝の系譜を考える上でも重要な位置を占めています。
使い方・例文
「南宋は金朝と長年にわたって領土問題をめぐる緊張状態が続いた」のように、東アジア中世史の文脈で登場します。
この用語をシェア
最終更新: