細川忠興とは?
ほそかわただおき
細川忠興とは、戦国時代から江戸時代初期に活躍した武将で、茶人・歌人としても名高く、妻ガラシャとの逸話でも知られます。
細川忠興(ほそかわ ただおき、1563〜1645年)は、戦国時代から江戸時代初期にかけて活躍した武将・大名です。父は名将・細川藤孝(幽斎)であり、文武両道の家風を継いで育ちました。
忠興は織田信長・豊臣秀吉・徳川家康という三代の天下人に仕え、巧みに時代の波を乗り越えました。関ヶ原の戦い(1600年)では東軍(徳川方)に与して功績を挙げ、戦後に豊前・豊後(現在の大分・福岡県域)の大名として39万石を得ました。
武人としての活躍と並んで、文化面でも高い評価を受けています。
- 茶道:千利休の高弟のひとりとして茶の湯を深く学び、利休七哲のひとりに数えられる
- 和歌:古今伝授を受けた歌人でもあり、当代一流の文化人だった
- 武芸:剣の腕前も高く、気性の激しさでも知られた
妻の細川ガラシャ(明智光秀の娘・玉)はキリシタンとして有名で、関ヶ原前夜に人質となることを拒み非業の死を遂げた逸話は今も広く語り継がれています。忠興は晩年まで長命し、83歳で没しました。細川家はその後も続き、現代の政治家・細川護熙もその子孫にあたります。
使い方・例文
戦国時代を扱う歴史書や大河ドラマで「利休七哲のひとり、細川忠興」「ガラシャの夫」として紹介される場面でよく登場します。
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