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石橋湛山とは?

いしばしたんざん

石橋湛山とは、ジャーナリスト・経済学者出身の政治家で第55代内閣総理大臣を務め、小日本主義・自由主義的な思想で知られる昭和の政治家です。

石橋湛山(1884〜1973年)は、東洋経済新報社の主幹として活躍したジャーナリスト・経済思想家であり、戦後は政界に転じて第55代内閣総理大臣(1956〜1957年)を務めた人物です。その自由主義的・反帝国主義的な思想は戦前から一貫していました。

東洋経済新報の論説を通じて、軍国主義・植民地支配・大陸進出に反対する「小日本主義」を主張し続けました。「植民地をすべて放棄せよ」という論旨は当時としてきわめて異端でしたが、経済的な合理性と人道的観点から一貫した主張を展開しました。

戦後は自由民主党の前身となる政党に参加し、通商産業大臣・蔵相を歴任しました。1956年の自民党総裁選では岸信介らを破って総裁に選ばれ、首相に就任しましたが、就任直後に脳梗塞で倒れ、わずか65日で退陣を余儀なくされました。

政界引退後も積極的に発言を続け、日中国交正常化や日ソ関係改善を早くから訴えました。その思想の先見性は後世の評価が高く、政治家・知識人として多方面で尊敬を集めた人物です。

使い方・例文

「小日本主義」や「戦前のリベラリズム」を学ぶ際に石橋湛山の名前が登場します。また戦後の自民党政治史や、日中・日ソ関係の文脈でもしばしば参照される人物です。

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