独我論とは?
どくがろん
独我論とは、自分の意識・経験だけが確実に存在し、他者や外界の実在は証明できないとする哲学上の立場です。
独我論(どくがろん、英: solipsism)は、「自己の意識・精神だけが確実に実在し、外部世界や他の心の存在は自分の意識の内容に過ぎず、その客観的実在を証明できない」とする哲学的立場です。「自分の感じることだけが真実であり、他者の意識は確認不能だ」という主張を極端に推し進めた思考です。
近代哲学においてデカルトが「我思う、ゆえに我あり」と述べたように、自己の思考・意識を疑いえない出発点とする考え方は認識論の基礎をなします。独我論はこの発想をさらに徹底させ、外界の実在証明の不可能性を強調したものです。
独我論には大きく二つの系統があります。
- 認識論的独我論——外界が実在するかどうかを原理的に知ることはできない、という懐疑的立場
- 形而上学的独我論——自己の精神だけが本当に存在し、外界は精神の産物に過ぎないという主張
独我論は哲学的思考実験として有用ですが、実際の生活においては他者の存在を前提とした社会的行動と相いれないため、「論駁はできないが実践できない」と評されることが多いです。バートランド・ラッセルやルートウィヒ・ウィトゲンシュタインらも独我論の問題を深く検討しており、現代哲学の言語論・心の哲学でも議論が続いています。
使い方・例文
「自分が見ている赤色が、他の人にも同じ赤色として見えているかどうか証明できない」という問いかけは、独我論的な疑問の典型例です。哲学の授業や思考実験でよく登場します。
この用語をシェア
最終更新: