犬養毅とは?
いぬかいつよし
犬養毅とは、大正・昭和初期の日本の政治家で、第29代内閣総理大臣を務め、1932年の五・一五事件で海軍青年将校に暗殺された人物です。
犬養毅(1855〜1932年)は、備中国(現岡山県)出身の政治家で、立憲政友会の総裁として大正デモクラシーを支え、第29代内閣総理大臣(1931〜1932年)を務めました。「憲政の神様」とも呼ばれ、議会政治の擁護者として長年活動した人物です。
慶應義塾で学んだ後、ジャーナリストとして活躍し、1882年の立憲改進党結成に参加するなど、早くから政治の世界に入りました。以後、帝国議会で40年以上にわたって衆議院議員を務め、藩閥政治に対する批判や議会政治の確立を訴え続けました。
1931年に首相に就任した際には、満州事変の勃発という難局に直面しました。軍部の行動を抑えようとし、日中交渉による解決を模索しましたが、軍部との対立は深まるばかりでした。1932年5月15日、海軍の青年将校らが首相官邸を襲撃し、犬養は「話せばわかる」と語りかけたものの射殺されたと伝えられています(五・一五事件)。
この暗殺事件は政党政治の終わりと軍国主義台頭の象徴として歴史に刻まれており、犬養の死は日本の議会民主主義が危機に瀕した転換点とされています。
使い方・例文
「五・一五事件」や「大正デモクラシー」の文脈で犬養毅の名前はよく登場します。また、「話せばわかる」という言葉は、政治家の信念と軍部の暴力との対比として、日本の近現代史を語る場面でしばしば引用されます。
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