本文へスキップ

権力・知とは?

けんりょく・ち

権力・知とは、ミシェル・フーコーが提唱した概念で、権力と知識は相互に産出し合い、切り離せない関係にあるという考え方です。

権力・知(けんりょく・ち、仏: pouvoir-savoir)とは、フランス哲学ミシェル・フーコーが1970年代展開した概念で、「権力(pouvoir)」と「知(savoir)」が不可分に結びついているという関係性を指します。「知―権力」とも表記されます。

伝統的な見方では、権力は外部から知識を検閲抑圧するものとされてきました。しかしフーコーは、権力は単に「禁止する」のではなく、むしろ積極的に特定の知識・言説・主体を「産出」するものだと論じました。逆に言えば、どのような知識体系も権力関係の外に存在することはできないとされます。

具体的には、フーコーは近代医学・精神医学・刑罰制度・セクシュアリティの言説を分析しました。

  • 精神医学の「正常/異常」という区分は、「狂気」を病として客体化する権力と知の産物である
  • 刑務所の「一望監視施設(パノプティコン)」は、観察・記録・分類という知の実践と不可分の権力装置である
  • 「性の真実」を告白させ記録する教会・医学・精神分析は、セクシュアリティを権力によって構築してきた

この概念は、学問・専門知識・制度が「客観的」に見えても常に権力関係に埋め込まれているという批判的視点を提供し、社会学・教育学・ジェンダー研究・カルチュラルスタディーズに広く影響を与えています。

使い方・例文

「医師が患者に病名を告げる行為には、医学という知識体系と医師という権威が一体となって機能しており、まさに権力・知の実践といえます。」

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語