星亨とは?
ほしとおる
星亨とは、明治時代の日本の政治家で、自由党・立憲政友会の実力者として知られ、その豪腕ぶりから「いじめの星」とも呼ばれた人物です。
星亨(ほし とおる、1850〜1901年)は、江戸(現・東京)出身の明治時代の政治家・弁護士です。幕末期に英国へ留学し、法律を学んで帰国後に弁護士として活躍しました。自由民権運動の時代から政治活動に加わり、自由党の幹部として頭角を現しました。
星亨の政治家としての特徴は、徹底した現実主義と組織運営の巧みさにありました。理念よりも権力の掌握と利用に長けた政治家として知られ、明治政府の藩閥官僚と渡り合いながら民党勢力の結集を図りました。
- 1891年に衆議院議長に就任し、議会運営で強引な手腕を発揮
- 伊藤博文が創設した立憲政友会に参加し、幹事長として党の実権を握る
- 東京市会議長として市政を主導したが、利権政治との批判も受ける
- 1901年、東京市議会で演説中に伊庭想太郎に暗殺される
「星を斬れば国賊の一人殺す」と言われるほど反発も多く受けましたが、その組織力と政治的現実主義は近代日本の政党政治の発展に大きな影響を与えました。弱小政党を連携させ、藩閥に対抗する民党勢力を維持した功績は今日でも評価されています。
使い方・例文
「星亨は政友会の黒幕的存在として明治政界を動かしたが、1901年に議会で刺殺された」のように、明治政治史の文脈で語られます。
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