加藤高明とは?
かとうたかあき
加藤高明とは、1925年に普通選挙法と治安維持法を同時に成立させた第24代内閣総理大臣で、立憲民政党の前身・憲政会を率いた大正期の政治家です。
加藤高明(かとう たかあき、1860〜1926年)は、愛知県出身の政治家で、大正期を代表する議会政治家の一人です。東京帝国大学法学部を首席で卒業後、三菱に入社し頭角を現しました。のち政界に転じ、岩崎弥太郎の娘婿となったことで三菱との深い関係が続きました。
外務大臣を複数回務め、日英同盟の強化や大隈内閣期の外交を担当。第一次世界大戦中の1915年には中国に対する「対華二十一カ条要求」を提出し、のちに強い批判を受けました。憲政会を率いて野党として政友会と争い、普通選挙の実現を強力に主張しました。
1924年に第三次護憲運動(憲政の常道)の波に乗って首相に就任し、護憲三派内閣を組織。主な業績は以下のとおりです。
- 1925年に普通選挙法を成立させ、25歳以上のすべての男性に選挙権を付与した(女性の参政権は対象外)。
- 同年に治安維持法を制定し、共産主義運動などへの取り締まり強化を図った。
- 軍縮を断行し、宇垣軍縮として知られる陸軍整理を実施した。
普通選挙の実現という民主主義的前進と、治安維持法による言論・思想統制の強化という相反する二つの立法を同一内閣で実現したことが、加藤高明の政治的遺産の複雑さを象徴しています。1926年に在任中に死去しました。
使い方・例文
日本の普通選挙制度の歴史を学ぶ際、「1925年・加藤高明内閣・普通選挙法」の組み合わせは試験にも頻出のセットです。
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