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円谷幸吉とは?

つぶらやこうきち

円谷幸吉とは、1964年東京オリンピックマラソンで銅メダルを獲得した日本の長距離走者で、悲劇的な最期でも知られる陸上選手です。

円谷幸吉(つぶらや こうきち)は、1940年福島県生まれの陸上長距離選手です。自衛隊体育学校に所属し、マラソン中心に活躍しました。

1964年に東京で開催された第18回オリンピックのマラソン競技に出場し、国立競技場に3位で入場してきた姿は日本中に感動を与えました。しかし、最後の直線でイギリスのバジル・ヒートリーに抜かれ、銅メダルに終わりました。それでもアジア人として初めてオリンピックのマラソンで表彰台に立った快挙は高く評価されました。

1968年のメキシコオリンピックでの雪辱を期して練習に励んでいましたが、度重なる疲労骨折などの故障に悩まされ、満足に練習できない状況が続きました。1968年1月、27歳の若さで自ら命を絶ちました。遺書には家族や仲間への感謝と食べ物への素直な愛着が綴られており、その純粋な人柄を伝えるものとして今も広く読み継がれています。

日本の高度経済成長期に国民の心を掴んだ悲劇のスポーツ選手として、現代でも語り継がれる存在です。

使い方・例文

「円谷幸吉の遺書」は国語の教材や文学作品でも取り上げられ、その純粋さと悲しみが現代でも多くの人の心に触れます。

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