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ワーツラフ4世とは?

わーつらふよんせい

ヴァーツラフ4世とは、14〜15世紀にボヘミア王およびドイツ王(神聖ローマ皇帝位は得られず)を務めた人物で、その優柔不断な統治と宗教改革者フスとの関係で知られる中世の君主です。

ヴァーツラフ4世(1361〜1419年)は、ルクセンブルク家出身のボヘミア王(在位1363〜1419年)およびドイツ王(在位1376〜1400年)です。父はカール4世(神聖ローマ皇帝)で、その後継者として若くして王位に就きました。

ヴァーツラフの治世は、中世末期ヨーロッパの政治的混乱を体現しています。教会大分裂(西方教会の分裂、1378年〜)が起こり、ローマとアヴィニョンに対立教皇が並立するという混乱の時代でした。この問題への対応が不明確だったことなどから、ドイツ諸侯の支持を失い、1400年にはドイツ王位を廃位されました。

最も歴史的に重要な関わりが、宗教改革者ヤン・フスとの関係です。プラハ大学で改革的な神学を説くフスを当初は保護していましたが、コンスタンツ公会議(1414〜1418年)でフスが捕らえられ火刑に処されると、ボヘミアでは激しい反発が起きました(フス戦争の遠因)。

ヴァーツラフ自身は1419年、第一次プラハ窓外投擲事件(フス派が市参事会員を窓から投げ落とした事件)の直後に急死しました。彼の死はボヘミアをフス戦争という長期の宗教紛争へと引き込む契機となりました。

優れた父カール4世と比較され、「怠惰な王」と評されることもありますが、激動の時代の難しい政治状況を治めた人物として歴史家の再評価も進んでいます。

使い方・例文

「中世ボヘミアの宗教改革とフス運動」を学ぶ際、ヴァーツラフ4世はフスとの関係でしばしば言及されます。

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