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レオニード・ブレジネフとは?

れおにーどぶれじねふ

レオニード・ブレジネフとは、ソビエト連邦の最高指導者として1960年代から1982年まで長期にわたり権力を握り、冷戦時代を代表する政治家の一人です。

レオニード・イリイチ・ブレジネフ(1906〜1982年)は、ソビエト連邦共産党書記長(1964〜1982年)および最高会議幹部会議長を兼任し、約18年間にわたってソ連を統治した政治家です。

ウクライナ出身で、スターリン時代から党官僚として頭角を現しました。1964年にニキータ・フルシチョフを失脚させるクーデターに参加し、書記長に就任。その後、集団指導体制を維持しながら権力を固めていきました。

ブレジネフ時代の特徴は以下の通りです。

  • 「ブレジネフ・ドクトリン」の宣言:東側諸国への介入を正当化する原則で、1968年のチェコスロバキア侵攻(プラハの春鎮圧)に象徴される
  • デタント(米ソ緊張緩和)の推進:ニクソン米大統領との首脳会談やSALT条約締結
  • 1979年のアフガニスタン侵攻:長期の泥沼化を招き、ソ連衰退の一因となった
  • 経済の停滞と腐敗の蔓延:「停滞の時代」とも呼ばれる

晩年は健康状態が著しく悪化し、政治的機能も低下しました。1982年に死去するまで在職し続けたことで、指導層の高齢化問題が顕在化しました。

使い方・例文

「ブレジネフ政権下でのプラハの春への軍事介入は、東側諸国に対するソ連の強硬姿勢を改めて示した出来事だった」のように、冷戦史の文脈で頻繁に参照される指導者です。

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