リュドミラ・パヴリチェンコとは?
りゅどみらぱゔりちぇんこ
リュドミラ・パヴリチェンコとは、第二次世界大戦中のソ連が誇る女性狙撃手で、309名を撃破した記録を持ち「死の淑女」の異名で知られる歴史上最も戦果を上げた女性狙撃手のひとりです。
リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリチェンコ(1916〜1974)は、第二次世界大戦において赤軍(ソ連軍)に従軍した女性狙撃手で、確認戦果309名(うち将校36名)という記録を残し、ソ連邦英雄の称号を授与されました。
ウクライナ出身で、大学在学中に狙撃の訓練を受けていた彼女は、1941年の独ソ戦開戦直後に志願入隊しました。オデッサ防衛戦とセヴァストポリ包囲戦に参加し、過酷な市街戦・陣地戦の中で狙撃手として類まれな戦果を積み重ねました。1942年に負傷して前線から離れた後は、ソ連の同盟国への宣伝・外交ミッションに起用されました。
特に注目されるのは、アメリカを訪問してエレノア・ルーズベルト大統領夫人と交流し、連合軍への第二戦線開設を訴えた事実です。彼女の訪米は大きな反響を呼び、「女性が戦場に立つ現実」を欧米社会に伝えました。戦後は歴史学の博士号を取得し、海軍の歴史研究に従事しました。その生涯はのちに映画やドキュメンタリーでも描かれています。
使い方・例文
第二次世界大戦の女性兵士について調べる際や、狙撃手の歴史を扱う文脈で「パヴリチェンコは史上最多戦果を持つ女性狙撃手」として紹介されます。
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