ラーシュトラクータ朝とは?
らーしゅとらくーたちょう
ラーシュトラクータ朝とは、8〜10世紀にインドのデカン高原を中心に栄えた王朝で、南インド有数の強大な勢力として知られています。
ラーシュトラクータ朝(Rashtrakuta dynasty)は、8世紀前半から10世紀末にかけてインドのデカン高原(現在のカルナータカ州・マハーラーシュトラ州周辺)を本拠地として繁栄した王朝です。創始者はダンティドゥルガで、チャールキヤ朝(バーダーミ・チャールキヤ)の支配から自立して王朝を確立したとされています(753年頃)。
ラーシュトラクータ朝は南インドの三大勢力(パッラヴァ朝・パーンディヤ朝・チョーラ朝)や北インドのグルジャラ・プラティーハーラ朝とも激しく争い、デカンの覇権を維持しました。最盛期には南インド全域から北インドの一部に及ぶ広大な版図を誇り、アラブ商人との交易も活発でした。
文化面での貢献も顕著であり、カルナータカ州エローラの石窟寺院群の造営に深く関与したことが知られています。特にヒンドゥー教の聖地として名高いカイラーサナータ寺院(エローラ第16窟)は、ラーシュトラクータ朝時代に一枚岩から彫り出された壮大な建築として世界遺産に登録されています。宗教的には特定の宗派に偏らず、ヒンドゥー教・ジャイナ教・仏教を広く保護しました。
10世紀末、チャールキヤ朝(カリャーニー・チャールキヤ)の台頭によって滅亡し、デカンの支配権を失います。
使い方・例文
インド史の授業やデカン地方の歴史を調べる文脈で、エローラ石窟の建立者としてラーシュトラクータ朝の名前が登場します。
この用語をシェア
最終更新: