ユーゴスラビアのティトーとは?
ゆーごすらびあのてぃとー
ユーゴスラビアのティトーとは、第二次世界大戦後の社会主義ユーゴスラビアを長期にわたって統治した指導者で、東西冷戦下で独自路線を歩んだ政治家です。
ヨシップ・ブロズ・ティトー(1892〜1980年)は、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の最高指導者であり、20世紀の社会主義国家指導者の中でも特に独自の路線を貫いた人物として知られています。
クロアチア出身のティトーは、第一次世界大戦後に共産主義者として活動を始め、第二次世界大戦中にはナチス・ドイツの占領に抵抗するパルチザン運動を組織・指揮しました。外国軍の支援に過度に頼らず自力でドイツ軍を排除した実績は、ユーゴスラビア国内での圧倒的な支持を生み出す基盤となりました。
戦後はユーゴスラビアを社会主義国家として再編し、1953年から終身大統領として国家を指導しました。ソ連のスターリンとは1948年に激しく対立し(「コミンフォルム除名」)、ソ連の衛星国となることを拒否して独自の社会主義を追求しました。また非同盟運動の創設に深く関わり、インドのネルー、エジプトのナセルとともに東西どちらの陣営にも属さない第三の道を世界に示しました。
国内では多民族・多宗教が混在するユーゴスラビアをまとめ上げる強権的な手腕を発揮しましたが、その死後、各共和国の独立紛争が相次いだことはティトーの統治の光と影を象徴しています。
使い方・例文
冷戦史や非同盟運動の文脈でティトーの名が登場するほか、ユーゴスラビア解体の背景を説明する際にその統治スタイルが参照されます。
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