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マクシミリアン (メキシコ皇帝)とは?

「まくしみりあん」(めきしここうてい)

マクシミリアンはオーストリア皇族出身のメキシコ皇帝で、フランスの軍事介入によって擁立されたものの、共和派軍に敗れて処刑された悲劇的な君主です。

マクシミリアン(Maximilian I of Mexico、1832〜1867年)は、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の弟で、第二次フランス帝政期のナポレオン3世の後押しによりメキシコ皇帝に即位した人物です。

1861年、メキシコのベニート・フアレス共和国政府が外国債務の支払いを停止したことを口実に、フランス・イギリス・スペインの三国が軍事介入を行いました。イギリスとスペインは早期に撤退しましたが、フランスは占領を継続し、メキシコに帝政を樹立する計画を進めました。メキシコの保守派貴族が帝位をマクシミリアンに申し出た形をとり、1864年に彼は皇帝に即位しました。

マクシミリアンは自由主義的な政策を掲げ、農民の権利保護や近代化にも取り組みましたが、フアレスら共和派の抵抗は止まず、米国も共和派を支持してフランスに圧力をかけました。南北戦争終結後、アメリカがモンロー主義を盾にフランスの干渉に強く反発すると、ナポレオン3世はフランス軍を撤退させました。支援を失ったマクシミリアンは戦線を縮小し、1867年にケレタロで共和派軍に捕えられ、銃殺刑に処されました。

彼の処刑はヨーロッパの植民地主義的干渉の失敗として記憶され、画家エドゥアール・マネも「マクシミリアン皇帝の処刑」という作品に描いています。

使い方・例文

19世紀ラテンアメリカ史やフランス第二帝政を学ぶ文脈で、「ナポレオン3世のメキシコ介入とマクシミリアン皇帝の末路」として言及されます。

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